東の方の黒い怪しい雲は段々大きくなり現実のモノとなった。
我が家の近所に子沢山の若夫婦が居る。
ウチの1年前にやはり同じ輸入住宅をローンで買い住んでいる。
子供は小学2年を頭に3人。
毎朝子供を自転車の前後に乗せ、家族5人で出勤。共稼ぎ。
30そこそこ。タトゥーもワンポイントで入れたヤンキー夫婦だ。
私たちが引っ越して来た頃には犬も飼いイヌの散歩も家族総出だ。
若者が少ない中、よく頑張るなぁと言っていたら、去年辺りから旦那が働いていない。
そうこうしている内に、奥さんはすっかりホッソリ。ダイエット成功か?
犬の散歩も初めの3ヶ月位でその後さっぱり見かけない。
そうこうしている内に、今度は人影もあまり見かけなくなってきた。
オイオイ。犬が一日中吠えてるぞ。大丈夫か?
もう11月だ。心配していると時々明かりが点いている。
子供の学校どうしてるんだろう。
12月だ。旦那の姿は10月から全く見なくなった。
どうやら、自転車に簡単な荷物を積んでアリの引っ越しをしている様だ。
向こうも辺りを気にしている様だから、こちらもあまり顔を覗かせない様に逆に気を使う。
クリスマスが過ぎ、学校も終わり。どうやら引っ越した様だ。
ここでイラチの奥さん登場。
★「ねえ、イヌどうしたのイヌ」
「知らないよ」
★「置いていったら死んじゃうよ」
「最後、軽のワゴンで来たみたいだから連れてったんじゃないの?」
★「だったらいいけど」
大晦日あの親子がやって来た。
「何しに来たんだろう。忘れ物でも取りに来たのか」
さらに過ぎ、1月9日 待望のタイルが届いた。
玄関先の階段に貼るタイルだ。
その時、なんとあの家の中から殺気立った犬の声が聞こえる。もの凄い緊迫感だ。
「おい、居るよイヌ。 置いてっちゃったよ。こないだ最後のえさやりに来てたんだよ」
★「えーどうする、どうする?イヌ死んじゃうよ」
「どうするってどうも出来ないよ」
「夜逃げしちゃったんだな。ローンが京葉銀行だから、所有権は京葉銀行に移ってるだろう。
このまま死んだら価値が下がるから、京葉銀行に言えばなんとかしてくれるんじゃ無いの?」
取りあえず、近所の京葉銀行へ電話。
●「言われている物件が当店で貸し付けしているか分からないので何も出来ません」
「そんなの分かってるよ。それをお宅で調べて何とか処理すれば?こちらは、そちらの資産が
目減りしない方がいいんじゃ無いかと思って電話してるんだからそちらで処理してよ」
リーン、リーン、
△「モシモシ。こちら警察ですが近所でイヌがウルサいと苦情があると聞きました」
「ナニー、ウチは警察に電話なんかしてないよ」
△「しかし、○○さんから電話と聞いてます」
「ウチじゃありません」
「チョット! お宅で私の名前を騙って警察に電話したでしょう!どう言う事!もうイイ!!」
夜逃げしてローンが焦げ付いた場合、物件は名目上ローン会社のモノになる筈だ。
競売前に内部調査に入った時に、イヌの死体が中にあるのはイタダケナイ。
銀行も少しでも高く売れた方がイイだろう。
そう思って銀行に実情を説明して対処をお願いしたのに、よりによって私の名前を騙って警察に
電話するとは。
こういう対人的サービスが、都内の人間が溢れかえって居る所で鍛えられているのと、のんびり、人間が少ない所でのサービスの違いは顕著だね。
ただ、それが嫌なら田舎には住めない。
大晦日の土曜日に、あの親子がえさやりに来たから、今度の土曜日まで待ってみよう。
土曜日にも連休にも親子連れは来ず心配になってきた。
★「イヌ大丈夫?イヌ。死なない?大丈夫?」
「大丈夫。そんな簡単に死なない。10日は持つだろう」
★「でももう10日以上経つよ。助けに行こうよ」
「・・・じゃあ暗くなったら行こう」
1月11日 2人とも頭にヘッドランプを付け、どぶさらい用の手袋をしてあの家に忍び込んだ。
ケージの中でうずくまっていたイヌが気付き、引きつった顔で吠える。
北海道の飢えた野犬や、色々な犬を見たが、こんなに引きつった顔は初めて見た。
私はイヌには慣れているので、ケージを開けひっ捕まえて家を出た。
「フロ、フロ、フロ、フロ。汚いからフロ」
見ただけでその汚れぶりが分かる。臭いをかぐのも嫌なので兎に角フロに投げ入れた。
久しぶりに人に掴まれ、ビックリしたのか、安心したのか、吠えもせず固まっている。
風呂桶に入れても逃げ出そうともせず、たたずんだまま。
実は、私は生まれる前から犬と暮らしていて、小学4年から毎日2匹、時には3匹犬の足洗い、3日に一度のフロに入れをして来たので、犬を洗うのはチョット慣れている。
ヘタなトリマーより犬をフロに入れて居るのだ。
犬を洗い、ドライヤーで乾かしてから、急造の寝床を準備した。
今日から玄関ホールが犬小屋だ。
翌日にはペットシーツと犬のベッドを買い、取りあえず形は整った。


犬は生まれてこの方フロに入った事も、雨に打たれた事も無いのか、上手に身震い出来なかった。
来たのがこいつ。
身体はやせマッチ棒の様。表情は無く、借りてきたネコの様だ。
仕付けらしい仕付けもされておらず、表面的な人なつっこさを見せるものの人を信頼していない。
少なくとも危害を加えない事を知って貰う為に、人間の方が犬のケージに入って馴れ合う。

子供の頃から犬の世話に追われ、犬を飼う事の責任を知っているからこそ、田舎に暮らしても絶対犬だけは飼うまいと心に強く誓っていたのに、なんでお前が来るの。
ドーシテ、ドーシテ、オセーテ!
