心中事件に寄せて

自閉症カンファレンス2002 私の講演録

妻に続き私が講演で話した内容です。当時私は、自閉症スペクトルの実像とその家族の苦悩が広く知られる事を期待していましたが、現実とは全く違うアスペルガー症候群像と、施せば大きく改善すると称する療育教室が瞬く間に広がりました。
皆がニキリンコをサンプルとして療育・教育を施していたのです。

自閉症の理論実態とそぐわない自閉症像。警鐘を鳴らさなければいけないと、講演数日前に差し替えた内容は粗削りですがそのまま掲載します。
ニキリンコはその後診断を受けていないと公的に証明されましたが、今も診断済み当事者ニキリンコとして花風社の書籍を通じて活動を続けています。

自閉症カンファレンス

NIPPON 2002 当事者として講演、私(山岸徹)の講演録。

さて

私が初めて「自閉症」を知ったのは、今から34年前。あるテレビ放送を見たときです。

姉2人と母親と見てたんですが、

「この子、トール君みたい」
「ほんとトールそっくり」
「トール君自閉症なんじゃないの」と さんざんからかわれました。

このころすでに、「山岸家のかす犬」と命名されていましたから、我が家での私のポジションが分かると思います。
とにかく、この自閉症ネタはしばらく続いていました。

しかし私は、
「この子は重い自閉症だけど、重い自閉症が居るなら、軽い(知能の高い)自閉症も居るに違いない」と固く信じ、
私も彼の仲間だと考えていました。

   

彼女(妻)と知り合った頃には、
自分でもびっくりするような失敗談を楽しげに話す彼女の事を、本人に面と向かって
きっと軽い自閉症だと思うよ」と言ってましたが、
言われた本人は、「何をバカなこと言ってるんだろう」ぐらいで、深く気にも止めていなかったようです。

しかし記憶力は抜群なので、何処かにその言葉が引っかかってたんでしょう。
ドナの初版本も、全く自閉症とは無関係に買って本棚にありました。
(ドナ=ドナ・ウィリアムズは2017年4月22日ガンで亡くなりました)

本人曰く「ただ何となく買った」そうです。

このドナの本は、彼女が会社を解雇されたとき、私が鬱に陥ったとき、人間の謎、自分達の謎を解き明かそうとしたときに、

「ああそうだ。こんな本があったんだ」と引っぱり出し、その後の不思議な手がかりを与えてくれた本になりました。

   

とにかく、謎の病気自閉症も34年前から考えるとずいぶん進歩したようで、
特にこの「マインドブラインドネス」(青土社)は、人工知能のロジックを取り入れていますから
非常に明確で、時間がたっても決して色あせることは無いでしょうね。

自閉症と

マインド・ブラインドネス

サイモン・バロン=コーエン

青土社

この「アヴェロンの野生児」(福村出版)も
歴史の中で消えなかった貴重な本でこれと一緒でしょうね。

アヴェロンの野生児

J・M・G・イタール

福村出版

同じ福村出版の「狼に育てられた少女」英国では虚構が暴露され一大スキャンダルになりました。しかし英国のスキャンダル後、翻訳本が紹介された日本は事情が異なり、いまでも信じてる人がいます。

ホント世の中には偉い人がいますよね。

日本の本でも、「高機能自閉症・アスペルガー症候群入門」(中央法規)

高機能自閉症・アスペルガー症候群

中央法規

のように、具体的な事例に基づいて書かれた本が出てきたのでいいですね。

SAMの概念

マインドブラインドネスの中でも、自閉症はSAMの欠陥によるという部分は、
まさしく私達の行動のすべてに裏付けになるし、

本の中ではその発生の順番から イド SAM TOMM と説明してますが、

私からすれば、SAMの欠陥こそがすべてで、イド TOMM EDD などは
SAMの欠陥によるものと考えたほうがすべて納得できます。

自閉症の関係者が、すべてこのSAMの概念について深く理解していたなら、
自閉症の世界に、ガセネタなど入り込む余地など無いと思いますが、現実は違います

34年前のように、自閉症というものが知られていなければ、ガセネタも少ないでしょうが、
今、多くの人に自閉症が知られている分、ガセネタが氾濫しています。

   

このガセネタについては、当初触れないつもりでしたが、
8月20日(2002)、インターネットで自閉症について調べた挙げ句、子供を殺すという目に見える事件が起きたので、
この問題(ガセネタ)に触れることにしました。

私は、無責任に垂れ流され続けるガセネタは
自閉症の子供、さらには私の権利をも犯していると考えています。

何故なら、でたらめな自称自閉症あるいは、自称高機能自閉症、さらには自称アスペルガー症候群の人たちが、奇妙きてれつな症例や、事例を作りあげているからです。

特にインターネット上はひどいもので。絶対子供達を近づけないで下さい。
今の私でも発狂するくらいですから。

今ここで、どのサイトはまともで、何処が嘘だなんて選別はできませんから、医者はともかく療育関係者や、
自閉症の子供を持つ親たちは、まともに取り合わないで下さい。

そして、子供達を絶対近づけないで下さい。

特に、私達本当の患者の権利が侵されていると思われるサイトについては、私たち大人がその主張をしなければいけないし、
そうしようと思っています。(後日 名誉毀損裁判に巻き込まれる)

いずれにしても、ネット上には、自称自閉症、自称高機能自閉症、自称アスペルガー症候群が、山ほど存在していて、
ではその実体をつかもうとすると、消えて居なくなる

はたして、ネット上で、「自称」が取れる人間が何人いるのか。

今回の会議でも、実際に自閉症に関わる人たちが1000人参加しているわけです。
これらの人たちは、自閉症を深く知っているわけですから、ガセネタには乗らないでしょう。

しかし、ちょっと興味がある程度の人にしてみれば、真面目に取り組んでいる人の情報よりも、おもしろ半分のガセネタのほうが、遙かに面白く、その分、す早く、多くの人に伝わります。
これは、自閉症に限ったことではなく、技術の分野の話でも、芸能の話でも、どこでもある話です。

だからこそガセネタは放置しておけないのです。

例えば、ある教育大学のその道の権威のえらーい先生が、
「きょうはお子さまランチにしようかしら」と3歳児が言ったので
アスペルガー症候群だと診断した有名な話があります。

女性自身

2000年(平成12年)10月17日号 新シリーズ人間 No.39

「私って”悪い子”だったの?」 文/田村 章  取材/品川裕香

お子さまランチでなるんだったら、
「あなた、今日の晩ご飯は何にしますか」とか、
「やーね。赤ちゃんはすぐミルクこぼすんだから」なんて言いながら
ままごと遊びをしている子供たちは
みんなアスペルガー症候群になっちゃいますね。

ごっこ遊びが出来ないのが自閉症のはずが、
ごっこ遊びをしながら、大人びた言葉遣いをする特殊なアスペルガー症候群がイナゴのように大挙大発生して、小児精神科は大繁盛です。

   

大人びた言葉遣いとは、こういうことだと思いますけど、どうでしょう。

   

「とーる。ちょっと。お隣行ってこの辺の子どこの小学校行ってるか
 聞いてきてちょうだい」
「えー。なんて言うのー」
「ご近所に小学校に行ってるお子さんいませんか、って言えばいいのよ。」
「はーい」

「ごめん下さい。今度隣に引っ越してきた山岸と言いますが、
 このご近所に小学校に行ってるお子さんいませんか。」

これを言ってるのが、身長1m4センチ 
発育の悪い小学1年生のガキで、私のことです。 

  

どう思いますか。

  

ここに1000人が集まっている一方で、

「お子さまランチにしようかしら」というのが代表的な大人びた言葉の使い方です、
なーんて教育を受けた教師が、毎年毎年400人か或いは1000人か大量に卒業し、全国に散らばりそれをまた無知な同僚に吹聴するんですから、暗澹とした気持ちになります。

この「お子さまランチ」の人(注釈:ニキリンコ)は、自分がアスペルガー症候群と診察、これが、診断じゃあなくて診察と言い換えて居るところが頭がいいところなんだけど、
まあとにかく、その診察を受けてから、身体をゆらゆら動かすと落ち着くようになったと言ってますが、

ニキリンコの自著(花風社)では診断済み当事者となっていますが診断は受けていません。

私の場合は全く違います。

わたしは、あるメーカーで医療用の重心動揺計を開発しました。
自分で作っているわけですから、その度に自分で台に乗って、自分の重心の動揺量をXYレコーダーにデータとして書き出します。

ようやくプロトモデルが出来上がり、ある営業マンを連れてきて台に乗せました。
そしたら、私の重心の揺れの10分の1ぐらいの揺れなのです。
びっくりして、片っ端から人を連れてきて乗せても、やっぱり重心の動揺はちょっぴりです。

その時は、頭がぐらんぐらんしました。ああ、なんだ。やっぱり俺が異常者なんだ。

道理で体育館で並んでも、いつもいつも「こらっ!そこ!ぐらぐら揺れるな!
どこの学校に行っても怒られるわけです。

   

これは努力でどうしようも出来ないんだね。揺らしたくて揺らしてるわけでは無いんですよ。揺れちゃうんですよ。
ゆらゆら身体を動かすと落ち着くなんてガセだと私は思いますよ。

  

と、まあこんな事が言えるのも、NHKの 海老沢 真 大プロデューサーが、すんばらしい番組を撮っておいてくれたおかげで、海老沢さんが作った番組は、私の秘蔵ライブラリーとして、じっくり、ゆっくり、何度も見させてもらっています。

このビデオも、きっと後世に残りますよ。別の意味で。関係者必見です。

感動ポルノ

もう一つ、インターネットや、出版物、或いは障害者関連の催し物などで気になることを言います。
それは、必要以上、異常とも思われるほどの障害者の絶賛です。
医者、心理士、だけではなく残念ながら、親までもそのような表現を取ることです。

  

自閉症のすばらしい世界。ゴヤをも超越した障害者の芸術性。
恐るべき天才の障害者。障害者の悲しい心。障害者の苦しみ。

これは、それらの表現をするその人自身の偏見負い目を、取りあえず隠そうとする、言ってみれば 逆差別 或いは 逆差別表現 と私は考えています。

なぜなら、その子が普通の子ならそんな表現を使わないでしょう?
まともな一己の人間と考えていれば、ダメなものはダメ。才能が無ければナシ。
そう言う評価になるはずが、そういう風に子供達を見ることが出来ない。

スティービーワンダーを盲目のヒット歌手と言いますか?

stevie-wonder.jpg

レイチャールズを盲目なのに障害を乗り越えたすばらしいアーティストと毎回言いますか?

スティービーワンダーは、スティービーワンダー。レイチャールズはレイチャールズ。
BBキングや、サッチモ。ビリージョエルや、ウイリーネルソンと同じでしょう?

そうやって、同じ土俵で人間を見ることが出来ない、そんな表現しか出来ない人を私は本当に悲しい人だなあと思うのと同時に、
一己の人間として平等に観察していないのだから、偏見と哀れみだらけで、まともな観察データは作れないと考えています。

    

そうやって、同じ土俵で人間を見ることが出来ない、そんな表現しか出来ない人を私は本当に悲しい人だなあと思うのと同時に、
一己の人間として平等に観察していないのだから、偏見と哀れみだらけで、まともな観察データは作れないと考えています。

   

そんなに、自閉症の世界がすばらしいなら、ロボトミー手術を受けて、疑似自閉症になったらいいんですよ。
高い鼻がすばらしいと言う人は、鼻を高く整形するでしょう?

実験が成功すれば、脳のどこの部位の欠損で自閉症になるのか。正常な人と自閉症の両方を経験した事で、どんな違いがあるのか凄いレポートが書けるじゃないですか

でも実際にはしないでしょう。本当はすばらしいなんて思ってないから。

まあ、それでも末期ガンがきれいに治ると言う本を出版する医学博士も居るわけですから、時間が解決してくれる問題なのでしょうか。

   

話ついでに、ホーキング青山の「笑え五体不満足」を読んでみて下さい。
面白い本ですよ。ホーキング青山は四肢欠損ですが、考えてみれば、私達にしても、ホーキング青山にしても、生まれつきなのですから、もし、自分がまともだったらどんな感じなのか、なんて分からないのです。

カナー型の自閉症の子供にしたって同じです。
頭に来て机をバンバン叩いたり、大きな声で泣いたりすることはあっても、彼らが、不幸せとは限らないでしょう?始めから可哀想と決めつけないで下さい。

「私は、学校行くだけでも、みんなに比べつらいけど頑張ってます」
なんて話はガセです。だって、みんなが楽で自分だけつらいなんて分かんないんだもん。

注記:自分の気持ちが分からないマインドブラインドネス自閉症、「つらい」と分かるなら何がつらさの原因か分かるし解決策も分かります。「つらい」と言う概念が分からないのでいつまでもモヤモヤし続けるのです。

そして、自分の「気持ち」が分からない、分かれないから、みんなの気持ちが今どんな気持ちなのか、相手の気持ちに当てはめて比較する「気持ち」を持ち合わせていないのです。(マインドブラインドネス)

こんなにつらいのに、みんなよく楽しそうにしてるな。
おべっかうまいなあ。くらいは、思ってるかもしれないけどね。
(事実文)

親と子供の日常生活

強いて言えば、自閉症は手間が掛かるから、周りの親兄弟が物理的に大変ですね。
その親の負担を軽くし、気持ちの余裕を持つことができるのは、
療育関係者抜きには考えられませんね。

療育関係の皆さんが、「このクソガキ!」と思ったときは、一歩退き、
親の物理的補助をしていると考えてみて下さい。

「クソガキ」はクソガキなりに考えていますから、
30年後に突然先生の言ってたことが分かったりするんです。

実は、私達も今になって、幼稚園の先生が言っていた意味を今になって考えたり、
小学校で言われた意味が分かることがあるんです。

まあ、ながーい目でのんびりやって下さい。

  

話は変わり、私達2人の内部というか思考について具体的に話したいと思います。

   

今ここで、私達と言いましたが、同じ障害を診断された2人でも、SAMの欠陥という本質は同じだとしても、出てくる現象や、
感じ方、などは自閉症スペクトラムのあっちのはしとこっちのはしです。

お互い、お互いの表面に出たエピソードを観察、分析しながら、
「ああ、この人は本当に障害が重いなあ」と考え、実際に口にも出します。

その時は、お互いに「ああ、そう」と返事をしながら、
「やっぱり重いなあ」と思っています。だから、どっちが重い論争は絶対決着しないし、無意味な論争でもあることを示しています。

この私達でも、簡単に一致する所を見つけることは大変難しい作業です。

   

にもかかわらず、安易に「私達自閉者は・」とか、「私達の心は・・」とか、「私達の気持ちは・・」なんて、
ヒトくくりするのは、人の気持ちを手に取るほど読みとることの出来る、一般的に「自閉症ではない」と言われる人によるガセネタだと考えたほうが良いでしょう。

商売の為なら何でも出来る人って居るんですよね。

   

   

身体は大きくなっても内部というか、本質は子供のときのまんまです。
逆に言えば、今のまんま子供だったので、いくら身体が小さくともこの内容です。

だから子供の時に大人びた言葉遣いをしたというよりも、やっと見かけのほうが言葉遣いに追いついてきたと言う感じですね。

生活する上の発見も、小学校4年ぐらいまでは発見が多く、いろいろ憶えたなあって感じですが、その後は知識が増えただけで、人間的に成長したなんて言う感じは全くありません。

だから、よく中学生ぐらいの子供が
「もっと人間的に成長したいと思います」なーんて言うのを聞くと、

「アホか。内面が成長なんかするか。俺なんか未だに小学4年だ」
と心の中で毒づくのです。

   

以前上司に「私は、小学校4年の時と頭の中は同じで、ずーっと繋がってて、昨日が小学校4年生って感じでいるんですよ」
って言ったら心の底から軽蔑のまなざしで見つめられました。

まあ、要するにバカなんですね。

   

バカと言えばサバンの事をりこうバカって言いますね。(注釈:天才白痴)

これもうわさ話の代表的な話ですが、NASAに行けばアスペルガー症候群がごろごろ居るって話。NASAの草創期の四五十年前の話ならいざ知らず、私はこの話も眉唾と考えています。

なぜなら、私も機械の納品で日本のNASAつまり、筑波にあるNASUDAに何度か通いましたが、

NASDA

納品したリニアアクセラレータ

当時の手書きの図面。字がヘタで記入するのが苦痛だった。

そこにいる人たちは、本当の正真正銘のお利口さんしか居ませんでしたね。
糸川先生は別ですよ。あの人は本物の天才ですから。

皆発育良く、ヒステリーを起こすような素振りもなく、学生時代はさぞや教師に好かれただろうと言う人たちだけでした。
まあ、そこにバカの私が入るわけですから、合わせて、利口バカと言うことになりますが。

噂話とはそのように裏付けの無い、つまりガセネタと考えたほうが良いでしょうね。

   

サバンと言えば、森口奈緒美の最近出た平行線と言う本のあとがきにありましたが、森口の周りには、いろんなサバンが集まっているそうで、そのサバンがサバン同志を紹介し合い、それから何やらすばらしい仕事を達成しているそうです。

やっぱり、目の寄るところ珠の寄るで、私などはこの人生でサバンなるものなど、一度として会ったことも見たこともなくて、良くてただのお利口か、ただのバカだけですね。

さすが高機能自閉症の世界はすんごいものがあるんでしょうかね。まあ、きっと日本の天才がほとんどそこに集まってるんでしょうね。

私は聞いたことありませんけど。

   

おばかな話はこれぐらいにして、

記憶の異常

私は子供の頃の記憶異常に鮮明で、他の人もそうだと思ってました。
しかし、私の姉を含め誰も幼児の頃の記憶が非常に薄いんですよね。

その記憶を言うと親を始め「口から出任せ言ってる」って決めつけるので、やたらめったらには言いませんけどね。

私は、小中高と全国8校を転校してまして、異なる同年齢の子供2000人と机を並べた勘定になるんです。

一ヶ所で育つと、小中とほぼ同じ面子(メンツ)と過ごすわけですから、それと比べただけでも、いかに多くの同世代と接触があったことは容易に分かると思います。

そんな特殊な環境にあったので、まあいろんな子供がいましたが、私と同じように、幼児の頃からの記憶が強い子供とは出会ったことが無いんです。

ところが、この人(妻)は私と同じように良く憶えてるんです。
それでも、私より少ないですけどね。

仕事上のグチも何故か子供の頃にあった同じような体験を 当てはめて考えるんです。
わたしもそうですから、話自体よく合いました。
思考の構造も人間の見方も似てましたね。

そんな時でも、他の人がおかしいと思ってましたね。ともかく、こんな風にして2人は出会いました。

転校やこんな体験から、特殊学級にいたであろう仲間をも想定すると、自閉症に属する人間の発生率600人に1人ぐらいが妥当かなと、勝手にあたりをつけています。

ただこれは私の世代についてですから、世代間格差もあると思います。
(注釈:ウイングの英国に於ける疫学調査の数字)

   

視覚優位」と言う言葉もよく使われます。これも簡単に、ハイそうですかと聞ける話ではありません
何故なら、私と彼女ではその意味するところが真反対だからです。

   

私は、記憶は画像で憶えてしまう方で、人の顔も警察犬並にすぐ覚えます。
だから、子供の頃「知ってる人に会ったら挨拶しなさい」といわれても、どこもかしこも知ってる人だらけで本当に困りました。

目も良かったので、こーんなアリンコぐらいの大きさの時から誰か分かるんですよ。

   

500mぐらい向こうから来る人が分かってることを想像してみて下さい。
いつ挨拶しようか、いつ挨拶しようか、いつ挨拶しようか。そればっかりで、挙動不審です。

   

そしていよいよ相手がこっちに気がつきます。しかし、未だ普通に挨拶するには遠い距離だ。未だまずい。
どうしよう、どうしよう。どう考えても挙動不審だと思います。

そうしているうちに、すれ違う訳ですけども、それまでさんざん悩んで、どぎまぎしていますから、その頃には、もう挨拶するような気持ちでは無いわけです。

それで、隠れるように、挨拶も出来ずにすれ違います。私はどう思われてたでしょうかね。

   

機械の図面も見ただけで頭の中で立体になります。
実は、工学部に来る連中はみんな同じだと思ってたんですが、違いました

大学を卒業し、設計部門に居る人間はそうだろうと思ってましたが、違いました

正確には、すぐ図面を読める人に出会ったことが無いのですが、設計部長なーんて人でも、どうやら図面が頭の中で立体になっていないらしいと言うことが、半信半疑なんです。

   

やたら図面を読むのが得意だと実は良くないんです。

あまりに、複雑な図面を書くと、逆に難しすぎて理解しにくい図面を書いちゃうんですよね。
やっと最近になって、人が理解出来る図面を書けるようになってきたと思います。

   

私のTEACCH

仕事をしていると、そのプロジェクトごとに資料をファイルします。
ところが、一度バインダーに入れてしまうと、何となくその仕事を再開しようという気が起きないんですよ。これは本当に不思議だったんですね。

ところが、ある日透明なバインダーにしたら、仕事の移行がスムースなんですね。書類の分類箱も透明にしたら、良いんですよ。不思議ですね。

これは、私のティーチプログラムですね。

  

  

話がそれましたが、妻は人の顔を覚えるのが苦手です。
特に、芸能人は化粧も変わるし、髪型も変わるし、特に最近の若いタレントは、個性が弱いので、お手上げです。

しかし、その記憶が薄い分、人の機微をで聞き分ける能力があります。
私は、声では判断が付きませんが、顔の細かい表情の動きでそれを見分けています。

妻はほとんど、視覚に頼っていないような生活をしていながら、部屋の中に気に入らない物があると捨てなければ気が済みません。

押入に隠しても、毎日のように押入を開けては捨てよう捨てようと言います。どうやら、目にやきついてしまうようなのです。

このように、

参考書籍から抜き出した「用語」上は同じでも、それぞれの子供によって、内容は異なる

と言うことを肝に銘じておいて下さい。

  

  

注記:突然の終わり
この原稿は別のブログに掲載していたのですが、何故か何度もブログ削除に合いそのドサクサで、この原稿の最終データも見つかりません。このデータは最終の手前の保存データで最後の挨拶等は抜けています。ご容赦下さい。 終わり

    

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